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宮田 森 SHIN MIYATA ピアノコンサート:AUFTAKT

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タイトルの「Auftakt」は、僕のファーストCDの名前でもあります。ドイツ語で「始まり」を意味するこの言葉は、11年間を過ごしたウィーンでの日々、そして音楽家として歩み始めた原点を思い出させてくれます。このプログラムの中心にあるのは、グリーグ《ホルベルク組曲》。大学院の卒業試験で演奏した、僕にとって特別な作品です。恩師が「君にきっと合う」と勧めてくださったことがきっかけで出会い、その魅力に惹かれ、論文を書き、やがてファーストCDにも収録しました。けれど不思議なことに、そのCDを発売してから今日まで、この作品をコンサートで演奏する機会は一度もありませんでした。だからこそ、この日ようやく皆様の前で《ホルベルク組曲》を演奏できることを、心から嬉しく思っています。 あれから年月が流れました。(HP一部) 🟠森さんの静岡デビューです。 あたたかな聴衆に囲まれて、第一歩を踏み出しました! 次につながる「始まり」です。 🟠森さんとグリーグの関わりは初めて知りました。 私もグリーグは大好きです。 「ホルベルク組曲」はEva Knardahlの演奏で 何度も聴いたものです。 ホルへベルクを基調にグリーグの世界を 一層深掘り拡大していって ほしいと思います。 ラフマニノフのエレジー、 アンコールのシューベルト即興曲  とても素敵で記憶にのこりました。 🟠そしていつかふたたびウイーンの香りを静岡へ!

逸翁美術館コレクション:サントリー美術館

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逸翁美術館は、阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者として知られる近代日本を代表する実業家・小林一三(1873~1957)の雅号「逸翁」を冠して、昭和32年(1957)に大阪・池田市に設立されました。人々と美を分かち合う姿勢に貫かれた5,500件におよぶコレクションは、逸翁の多方面での豊かな業績と進取の気風に富む人間性を反映し、古筆切、茶道具から与謝蕪村・呉春の絵画に至るまで実に多岐にわたります。 今回は、その選りすぐりの名品が一堂に会する待望の展覧会となります。(HP) 🟠池田の逸翁美術館には数度通いましたが、 いつも呉春の白梅図屏風はお出かけで お目にかかれませんでした。 この度、六本木で初対面です。 思っていたよりも繊細・洒脱でした。 出会うことができてよかったです! 重文 白梅図屏風 左隻 呉春 右隻 絹本墨画淡彩 1789 毎年春に逸翁美術館で展示 重文 奥の細道画巻 旅立ち 与謝蕪村 那須の小姫 朝顔図  円山応挙 筆   本居宣長 賛   黒織部菫文茶碗 朝鮮唐津徳利花入 春景富士図  川合玉堂

アルベール・マルケ展

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 フランス南西部の港湾都市ボルドーで生まれたマルケは、 パリで盟友アンリ・マティスと出会い、仲間たちとともに純粋色と自由な筆触を用いた 「フォーヴィスム(野獣派)」と呼ばれる作風を展開していきます。 しかし、終始、観察に基づいて描く態度を崩すことはなく、 マルケのグリ(灰色)」 と呼ばれた独特な灰色の使い方をはじめ、 ニュアンスに富んだ中間色のトーンの対比によって、風景画を描くようになります。  彼はパリの自宅から眺めたセーヌ、南仏やアルジェなど旅先で出会った水辺の情景を愛し、時間や天候を変えて同じ場所を繰り返し描きました。高所から俯瞰する角度で水辺と建物が織りなす風景を見つめ、それらを単純化した色面で構成し、風景の本質的な構造を浮き彫りにしたのです。また、人々や車、船といった都市生活のモティーフを軽やかに描き、そのわずかな筆致で真髄を捉える描写力には、日本美術の影響も指摘され、マティスから「我らの北斎」と称えられました。(HP) マルセイユの馬 ル・ピラ 🟠 マルケのやさしい水辺の風景にいやされます。 ラ・グレットの窓 道行く人、ラ・フレット

The cafe :Hotel New Grand

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🟠 友人二人とThe Cafeでランチです。 人生いろいろ! 10:00オープンと同時に入店! クロックムッシュ クロックムッシュとクロックマダムの決定的な違いは、 上に目玉焼きがのっているかどうか です。(AI) ナポリタン シーフードドリア エントランス:天井

瀧口修造展:書くことと描くこと

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アーティゾン美術館は、5・4階展示室にて、「石橋財団コレクション選」として、近代を中心にコレクションを代表する作品を展示するとともに、「瀧口修造 書くことと描くこと」展を開催します。 石橋財団は、昭和期を代表する詩人にして美術批評家、瀧口修造(1903-1979)による作品163点(他の作家との共作含む)を所蔵しています。本展は、収蔵後にこれらの作品の半数余りを一挙に公開する初の機会となります。 1920年代にシュルレアリスムの影響下に自ら詩作を始め、1930年代から戦後にかけて、ポール・セザンヌから同時代に至る美術についての思索と著述を重ねていく瀧口の歩みは、「書く」営みに貫かれたものです。その瀧口が1960年に本格的に試みるようになるのが、自身で「デッサン」と称する造形作品の制作です。「書く」ことを通じて世界と対峙してきた瀧口において、「描く」こととはいかなる行為であったのか。本展は、詩作から美術批評、展覧会の企画や他の作家との交流など、瀧口の活動全体を視野に収めながら、多様な実験的技法による瀧口作品と、パウル・クレーやマルセル・デュシャン、ジョアン・ミロをはじめとする関連作家の作品、あわせて約140点の展観を通して、この問いを再考するものです。(HP) 書かれなかった帖面 デカルコマニー 検眼鏡 /検眼図  瀧口修造・岡崎和郎 1977  🟠文字と絵画の同時性、とてもお洒落なデッサンです。