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琳派芸術Ⅱ・・・・・Rimpa

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● 出光美術館で、昨年からひきつづき琳派展開催です。 今回はたくさんの「 草花図屏風」 」を見ることができました。  秋草図屏風  鈴木其一 秋草図屏風  田中抱二  草花図屏風 部分   「伊年印草花図」 inen- in 宗達工房 蔬菜群生図 sosai 鈴木其一             左:朝顔図  俵谷宗理 江戸 中期 の 画家 。江戸に住む。元知と称し,号は 柳々 居,百琳,百琳斎など。 一説 に 天明 2(1782)年没。絵ははじめ 幕府 の御用絵師 住吉 家に学んだが,のち俵屋宗達や尾形光琳など京都の 琳派 の画家に私淑する。 画風 は 豪華 な京風琳派から 瀟洒 な江戸風への 移行 がうかがえ,江戸琳派の 先駆 となる。 右:玉蜀黍に朝顔図  立林何ケイ     江戸 時代 中期 の 画家 。 加賀 前田 家の 侍医 をつとめ,のち江戸で尾形 乾山 (けんざん)に 師事 。元文3年(1738)乾山から尾形 光琳 (こうりん)が模写した俵屋宗達の 扇面 画をあたえられて光琳3代を名のった。 ●朝顔対展示は渋くて素敵です! 柿図扇面   俵谷宗理 ●「色絵皿替角皿」十客の内  尾形乾山など

琉球の紅型 bingata

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●日本民藝館をたずねました。 紅型 (びんがた)とは、 沖縄 を代表する伝統的な 染色 技法の一つ。 14世紀 の紅型の裂が現存しており、 技術確立の時間を考慮すると、 その起源は 13世紀 頃と推定されている。                               「紅」は色全般を指し、 「型」は様々な模様を指していると言われる。(WIKI) 花色地鶴亀花文様紅型衣裳(部分)  木綿、型染 浅地桜楓散らし文様紅型衣裳(部分) 苧麻、型染 多彩です。 なかでも花色・浅地色のベース・カラーがとても素敵でした! 芹沢銈介につながる原型なのかなと思いました。 木綿・苧麻(ちょま)・芭蕉などの素材により、 おもむきに微差があらわれていました。 本館:日本民藝館 2Fより下を眺めていましたら突然、光の柱があらわれました。 常設展示 水滴:朝鮮 李朝 壺:唐津 西館:旧 柳宗悦邸

ジェームズ・アンソール展  James Ensor

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●アントワープ王立美術館所蔵 ジェームズ・アンソール ー写実と幻想の系譜ー ジェームズ・アンソール ( James Ensor ,  1860年 4月13日  -  1949年 11月19日 )は、 19世紀 ~ 20世紀 の ベルギー の 画家 。 近代ベルギーを代表する画家の一人。1860年、 北海 沿岸の海岸リゾート地である オーステンデ (オステンド)に生まれた。1877年に首都 ブリュッセル の王立絵画アカデミーに入学し、 1880年 に帰郷するが、この3年間を除いて、長い生涯のほとんどをオーステンデで過ごした。 オーステンデのアンソールの両親の家は、観光客相手の土産物店を営んでおり、貝殻、民芸品、カーニバルの 仮面 などを商っていた。カーニバルの仮面が、後に画家としてのアンソールの重要なモチーフとなったことはよく知られる。 ブリュッセル  1888頃 海辺の着替小屋 1876 花と野菜 1896 アンソールは初期には原色を多用した独特の色づかいによる室内情景や静物画などを描いていた。彼の絵に仮面のモチーフが現れるのは 1883年 の『人騒がせな仮面』(日本語題は『不面目な仮面』とも)からで、以後の彼の作品中の人物は、大部分が仮面をつけている(または仮面がそのまま顔と化している)ように見え、絵を見るわれわれを嘲笑しているようである。 (WIKI部分) 陰謀 1890(部分) 絵を描く骸骨 1896(部分) 仮面の中の自画像 1899(部分) 非展示 ●14世紀から15世紀のあいだ、ヨ-ロッパにおいて骸骨を 描いた表現が多く生み出された。 それらは「死の舞踏」と呼ばれ、陽気に踊る骸骨の姿で表現され、 時に意気消沈する人間も組み合わされていた。 18世紀末イギリスにおけるホラー小説の文学的流行 1838フランツ・リスト 「死の舞踏」作曲 この傾向は19世紀末に頂点を迎えた。 アンソールがこの流行を代表する人物の一人であったことは 疑いの余地がない。(パンフより) ●画風変化の動機を知りたいと思いました。 解説映像をみていますと、上記理由とあわせて アルコール中毒により道端で死体で発見された